6. 手術不能宣告~国立がんセンター東病院との別れ

2007年1月、放射線化学療法から紆余曲折を経て救済(サルベージ)手術を受けることになった彼女は術前のCT検査の3日後、執刀外科医からその1週間後の手術日を通知された。

サルベージ手術とは、放射線化学療法に失敗した患者が受ける手術の呼称で最初から手術の場合は根治手術と言うのだとその外科医は説明していたが、サルベージ手術では根治は望めないのかななどと思ったものの手術そのもののことで頭が一杯の私たちは尋ねることができなかった。
ただ、国立がんセンター東病院は放射線化学療法の実施件数が全国で最も多く、従ってサルベージ手術の件数も多く慣れているだろうくらいの推測はしていたので不安はさほど感じなかった。

手術日の5日前、手術説明があるのだろうと彼女と家族が執刀医に呼ばれたが、その場で告げられたのは手術は無理であり中止にするということであった。
先だってのCT検査結果につき内科とコンファレンスしたが、癌がこの2週間ほどで急速に成長しており心臓・大動脈・肺静脈に腫瘍が浸潤している状態で手術は危険と判断、実施は無理、また、余命半年迄とも通告を受けたのだ。

彼女は同席していた彼女の姉と長男とともに泣き崩れるばかりで、手術不能宣告をした医師はその場をすぐに立ち去ったと言う。
私は、手術説明だと思っていたので仕事の都合でその場に居合わせなかったが、夕方少しは話ができるようになった彼女から電話が入ってそのことを知ったのである。

「最悪・・・。手術できないんだって・・・」

「え?どうして・・・、今日は手術の説明じゃなかったの?手術できない理由は何?とにかく今から、すぐに行くからね待ってて」

尋ねる私に混乱している彼女の話は的を得ていず、先程、述べた手術不能の理由は後で私が担当医から直接聞いた内容である。
納得がいかない私はすぐさま病院に駆けつけたが、その日はあいにく余命半年宣告をした外科医とは会えず、内科の担当医と話すことができた。

今後、がんセンターでできる治療は、胃ろうをつけて栄養をとりながら下記のいずれかを選ぶというものだった。

1.抗癌剤ドセタキセル(タキソテール)を1クール投与して様子をみる。

2.あえて治療はせず、ホスピス病棟で緩和処置をしていく。

数日後に手術を迎える覚悟ができていた私たちは、ホスピスという全く想定外の言葉とあまりの状況の変化に大ショックを受け何も質問できないでいた。

国立がんセンター東病院のホスピス病棟は通称「けやき病棟」と呼ばれ私たちが始めてこの病院に来た時、入り口を間違えた際にたまたま外から見かけたことがあり1階の各個室の庭にはきれいな花畑がしつらえてあり終末期の患者の心を穏やかにしてあげようという気配りがなされているようだった。
その病棟に彼女が入ることになろうとは信じたくなかったし、そもそもCT検査の3日後に術日を告げた外科医はその時点で手術不能の判断はできなかったのだろうかなどと思い、納得がどうしてもいかなかった。

今後の方針についての回答を翌日に延ばした後、自宅に戻った私はパソコンの前に座り、
「とにかく自分が落ち着いて冷静にならねば・・・余命半年なんて冗談じゃない・・・」と言い聞かせ、その日の担当医師の説明を、まず振り返ってみた。

「心臓・大動脈・肺静脈に腫瘍が浸潤している状態で手術は危険」というのは執刀予定だった外科医の見解であるが、他の食道外科医も皆そう判断するだろうかとの思いが徐々につのってきた。
手術ができないというのは
「その先生ができない」のか
「世界中どこにも手術できる先生がいない」ということなのか。

「手術できる先生を何としても探そう」
転移が認められていない以上、手術が可能ならその意義はあるわけで「セカンドオピニオン」先をすぐにネットで探すことにした。
同時に前に述べた高橋先生梅澤先生にもまたしても不躾な相談というよりSOSメールを出しのだが、先生方からはすぐにご返事を頂きセカンドオピニオンに来るようアドバイスして頂いた。

首都圏で何人かの実績のあることで知られる食道外科医の先生方をネットでリストアップした私は、翌朝がんセンターに駆けつけ担当外科医への面談を申し入れたが、会えたのは夕方近くであった。
この病院の患者との面会は午後からなのだが、昨日、「死の宣告」にも近いことを言われたことで、大いに落胆しているであろう彼女に早く会って希望を持つように励ましてもあげたかった。

外科医との面談で再度CT画像を見せられながら「手術不能」の理由を伺い、
「座して死を待つ」と言う生き方は彼女の本意ではないので多少のリスクはあっても何とか執刀してもらえないかとお願いしたのだが、
その先生曰く、
「リスクのある手術はしない」であり
「何もしないでいるということも一つの生き方なんです」

「へ?手術って絶えずリスクがつきものなんじゃないの?万一のとき手術成績が悪くなるのが嫌なだけじゃないの?」
「あなたの家族だったらその生き方をさせますか?」
「そもそもあなたの年(多分30歳代後半)で人生観を語られたくないよ」
と、聞いているに従って怒りにも満ちた感情が沸き起こってきた。

このまま癌を放って置いたら大動脈に浸潤した癌が血管を突き破り、大量吐血で最後を迎えるであろうことがわかっているのに、普通そのままにしますか?

「わかりました。では、先生、この先生に紹介状をすぐに書いてください。」

「いいですよ。われわれは医療というサービス業だと思っていますから、すぐに書きましょう。」

サービス業というなら、自分では手術できないが経験の豊富な先生を何人か紹介しましょう、
って言うのが普通じゃないの?
再度、医師の態度に怒りがこみ上げてきたが、ここで喧嘩をしては紹介状のこともあるし事態を悪化してしまうとまずいなとじっとこらえてその場を後にした。

何人かの食道外科医のリストを用意していたのだが、そうした険悪ともいえる雰囲気の中、差し出した先生のお名前は順天堂大学のT教授だった。
紹介状をお願いしたい第一候補の先生で、実は他にもお二人くらいと考えていたのだがとてもそこまで頼める空気では無かった。

その翌朝、順天堂医院に向かった私たちはセカンドオピニオン受けることになったがあいにくT教授は外来日でなく助手のU先生と面談、やはりがんセンターのCT画像では手術は無理であろうとの診断を受けた。
ただ、今後、入院して検査した後、抗癌剤を投与しながら手術可能な状態になればトライしてみようというこの時点では誰よりも神のご託宣とも思えることを言って頂いたのだ。

がんセンターには、これと同じオプションは用意されていないのだろうかとも思いながら、彼女も私も前日の地獄から僅かながらではあるが天国に上ったかのような救われた気分になっていた。

この日は、診断後、胸部レントゲン、血液検査、心電図検査を行い、仮入院先の四谷の提携病院で入院手続きをした後、がんセンターに戻り内科の先生に順天堂での診断内容を説明し転院を申し入れた。

ところで、他の病院でも同じなのかはわからないが、がんセンターの場合、状況が悪くなるに従って面談時に現れる医師や看護師の人数が増えていくのである。
順天堂から戻って、この最後の面談時は総勢10名は居たであろうか、皆さんメモを持って私の話を書きとめておられる光景が何故か奇妙に感じられた。


こうして、週末を挟んで2007年1月下旬の月曜日にがんセンターを退院し東京の順天堂の提携病院に入院したのである。
その前日、日曜日にも拘わらず前述した梅澤先生が東京のあるクリニックで予約しておいたセカンドオピニオンをして下さった。
CT検査の後、先生には「大動脈浸潤の癌は剥がせるのではないか。抗癌剤で癌が縮小し手術できるようになるといいね。」と励まして頂き大いに勇気づけられた。
高橋先生にもご相談に乗って頂こうと思っていたが、順天堂での治療方針が決まったので恐縮ながら見送らせて頂くことにした。

-次回に続く-

注:このブログで述べられる筆者の意見や提案は、あくまで私たちが患者として体験してきた事やネットや書籍で知り得た事をもとにしているに過ぎないものであることをお断りしておきます。

コメント

  1. とし より:

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    うちの奥さんも去年東病院で放射線と化学療法で治療しました、食道の癌は消えたんですけど、今年胃の噴門近くのリンパに転移、3ヶ月おきに検査していたんですけど・・・見つかったときにはピンポン玉位の大きさ、3ヶ月でこんなに大きくなるものか?信じられません、医者のいうには、まれにあるとの事、
    一緒です!!放射線は当たっているので出来ない、手術は今まで同じ例を5例しましたけど、一例も成功していないとの事、よその病院はどうか知りませんけどうちでは手術はしません、抗癌剤は何処で打っても同じだから住んでいる近くの病院を紹介しますだって、放射線と化学療法は日本一と聞いていたんだけど・・手に負えなくなったら・・ハイ~~バイバイ・・・・
    最後まで面倒見てくれません、紹介してくれる病院も調べもしない(# ゚Д゚) ムッカーヒドイ病院でした、自分で調べたほうがいいですよ!!
    東病院は治る癌はいいんですけど、どうなんですかね????

  2. 雄三 より:

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    外科医が手術できないと判断し患者や家族にそれを告げるとき、
    患者側は、手術がその先生にできないのか、世界中のどの医者にも無理なのかあるいは手術自体が治癒という目的に対して意味が無いことなのかを確認することが必要だと思いました。
    そして、他の実績のある外科医をセカンドオピニオン先として紹介してもらえたらいいのですが・・・。
    私の場合、自分で探すしかありませんでした。
    例えば、大阪成人病センターなどでは、大動脈や気管に浸潤した進行食道癌に対して、血管外科や形成外科と共同して拡大合併手術を行っているようですし、一ヶ所の施設で見捨てられても希望を失わないことが肝要かと。
    ただ、拡大合併手術については侵襲がかなり大きいとは聞いています。
    外科医の本懐って何でしょうね。

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